「こどものころにみた夢」(角田光代他)

saikaku2009-10-16

「その人の一生を決めるのは、実は便器なんだなぁ。便器を選ぶことが、そのままその人の生き方を選ぶことになる。」

ものを書くとか絵を描くとか、その、表現行動というのは排泄行為に似ている。というか、そのものである。排泄するという夢を見たら、私の場合、表現することが足りていないのだぁと連想する。だからどの便器を選ぶのかというのは、どのような表現方法をとるのかということだから、便器の選択は人生の選択と同義である。自分にフィットした便器を選択していく。まぁ、今は満足している。・・・やはり、そう、生活の二分割法は無理。スッキリとしているけれど、無理。午前午後という時間によって分けるとか、家と職場という場所によって分けるとか、それなりに分かり易いけど、無理。多分、外的条件によって分けるのは、内的状態を無視している。もっと本を読んでいきたいとか、もっとモノを書いていきたいとか、その思いが断ち切られてしまう。内的な欲求を無視している。そして、時間に追われるというのが、自分にどうしても無理を重ねていくところもあるのだと思う。そんなことになっている。本当にシンプルな生活を望むということもあるが、やはり二分割法は無理。・・・だから、結局は、その、内的状態に従っていく。自分の基本的な仕事としては、読むことと書くことしかないから、読みたければ充分に読んでいく。書きたければ充分に書いていく。それでいいと思う。そのような単線的な生き方でよいのではないかと思う。まあ、それだけに専念していくことも出来ないが、その基本軸だけは守っていくということでいい。