日常性を壊していく。

saikaku2005-09-09

今までどおりのことでやっていけると思うところのこと、日常性ということの思い込み、前例に従っていくということも、何か、それで不都合なことは起こっていないのではないかという、そんなところの思い込み、そして、日常性の殻に閉じていく、そんなことになっていく、そのようなこと、先進国においても、今、その、先進国という言葉、意味を持っているのかどうか、そう、疑問にも思うが、まあ、そのような国においても、その、今までどおりの、その裕福な生活を維持していこうという、維持していけるという、そんな思い込みがある、そのようなことに安住している、今までのことが、そのままのこととして、そう、続いていくという期待、そんなことを抱いている、人間の常としてのこと、そんなことを思う、或いは、神の存在ということも、そんな人間の願い、それを受け留めていくところのこととして、生まれてきたのではないかと思う、でも、今、そのようなことが許されているのかどうか、人間の平等性、或いは、南と北の国との関係ということにおいて、そのようなことが許されていくのかどうか、そんなことがある、そう、人間としての生き方、その、自分だけが、その、豊かさを味わっていくということ、そのことが許されていくことなのかどうか、そんなことがある、その、人間としての生き方、そのことが問われていく、或いは、今回の選挙のこと、構造改革ということが言われていること、そのこと、個人としての生き方、既得権益に守られてきた、そんなことの生き方、今までの規制に守られて来ていること、そんな中に安住していること、そんなことができるのかどうか、その、個人としてのこと、その心の内のこと、どのような生き方をしていくのかということにも関わってくる、そのようなことが問われていく、何が必要なことなのか、そう、そのようなこと、だから、その、必要なことは、基本的なこととして、意識を替えていくことになっていく、或いは、人間関係の在り方、そのことを変えていく、競争原理が働いているということとは関係なく、自分の生き方として、その、他者との関係ということ、その、お互いの文化的なこと、それを認めていくようなこと、そんなことから初めていくこと、そんなことになっていくのではないかと思う、人のことに干渉していくということでもなくて、その、先ず、自分だけのこととして、自分の生き方ということを、その独自性ということを、そのことを先ず確立していくこと、そのことが必要なことなんだと思う、そのことの次のこととして、他者の関係ということになっていく、独自の文化を持たない企業が合併しても、吸収されていってしまうだけのことだと思う、そう、人間関係においても同じことが言えるのだと思う。