久し振りに。

saikaku2005-07-19

もう一度、生活の在り方ということを立て直していく、何回も同じことを繰り返しているのではないかと思う、そう、何回も同じことを繰り返している、少しは進歩もしているのかと、そんなことを思うが、でも、どうなんだろうかと、その、人間の生き方ということについて、その生活の在り方、それも、結局は、植物のように、その基盤となるところのこと、或いは、その根付くところの大地、それが必要なのではないかと思う、その、自然と、純粋行為、というか、他者のことを気に掛けることなく、ただ、自分だけのこととして行動していくこと、没頭していくこと、そのことができるのかどうかということがある、そう、そのようなこと、自分自身の内に、その、生きるということについての方向性、それを持っているということ、内側からのこと、そのことは、何か、その、基盤としてのところのこと、その、エネルギーを得るところのこと、自然と、そのようなことになっているということ、そんな場所が、それが必要なのではないかと思う、そう、そのようなことがなくなること、根無し草、そのような生き方、それも、昔持て囃されていた、そんなときもあったが、結局は、どうなったのだろかと、今、その、社会の状況、その生活の在り方、それも、浮かれているような、そんな全体としての印象がある、そんなこと、何か、自分の生き方、その、一人ひとりの生き方ということが、その、他者の影響の下に、或いは、そのことを視野に入れながら、その、世間体ということを気にしていくこと、何か、自分からの、そのような生き方ができていないような、実際は、そのようなことの分裂しているというのが、そのようなことに気付いている、その、依存性ということに気付いている、そんな時代の流れになっている、そんなところではないかと思う、そう、自然と落ち着ける、そのような場所へ、或いは、そのような、自分にとって、安心していられる、自然と、そのような状態になっている、或いは、意識下のことが、自然と顕れて来る、そう、そんなところ、それが必要なことなんだと思う、もう一度、その生活の在り方、それを立て直していく、そう、受け容れていくこと、基本的なこととして、本を読んでいくこと、そのこと、そして、そのことについて、自己からのこと、その思うところのこと、そのことを表現していくこと、そのことを基本形として、後、人の話を聴いていくことなど、諸々のこと、受け容れていく、その、自分を誇示するということではなくて、その、知識を持つということ、そのことではなくて、それからのこと、どのようなこと、自分のうちにおいて、どのようなことを創造していけるのか、もう一度、そのことから始めていく。