一気に変わるということはなく。

saikaku2005-09-14

区切りをつけていくことが大事だと、そんな感覚があって、そんな思い込みがあって、此処までということ、そして、次からはコロッと替えていくということ、そんなことの方が、何か、理想的、そんなふうに思い込んでいるところがある、このように書いていくこと、その、自己を表現していくこと、そして、その、自己の内のあるイメージ、そんなこと全部のことを書き尽くしていく、表現し尽くしていく、そんなことをしていって、そして、満月のように、パッとすべてのモノが消えうせて、そして、次の段階に這入っていくというような、その、もう一度、自然へ、そのありのままの世界へ、また、人の世界へ還って来る、という、往還してくるという、そんな劇的なことを描いていたというところがあるが、でも、現実的なことでもないような、そんな気がしている、現実のこととして、今でも、その、いろんな人の話を聞くということ、そんなことになっている、或いは、いろんな本を読んでいくという、ノンジャンルで読んでいくということをしている、現実的なこととして、そんなことをしている、満月を迎えなくても、そう、同時進行的なこととして、今は、そのようなことになっているのかもしれないが、だんだんと、その比率が変化していく、だんだんと、その、自己を表現するということが、そんなことが少なくなっていくという、比率が下がっていくということになっていくのかと、そんなこと、そのような、徐々に変化していくこと、そのようなことが本当の姿ではないかと思う、一夜にして劇的に変わってしまうということは、そんなことは、結局、起こらない、そんなふうに思う、心の内のこと、或いは、性格的なことにしても、一気に変わってしまうということは、そんなことは起こらない、例えば、民主党が、これからどのように変わっていくのか、そのことにも興味がある、その、労組依存体質とか、いろいろな過去からの集団の寄り合い所帯であるということ、そのこと、内部のこと、政権交代ということを叫んでいたけれども、その、外のことを変えていくことのためには、内側のこと、組織内部のこと、そのことを変えていく必要なあると思う、どのように変化していくのか、この敗北を、変わっていく為の、その奇貨としていくことができるのかどうか、或いは、過去の亡霊に、また委ねていくことになっていくのかどうか、そんなことも、一人の人間の変わっていけるのかどうかということと、共通しているところのことがある、変わっていくこと、そのこと、でも、そのことは、だんだんとして、徐々にしか起こらない、だから、今までに起こって来ているところの、その変化の芽、それを育てていくこと、そんなところ、何処にその芽があるのかということ、それを見つけていくことから始まっていく、そんなことを思う。