生き方の問題。

saikaku2005-10-23

一つの形を創っていく、一週間の生活の形、それを創っていく、或いは、どのような生き方をしていくのか、その、日々のこと、その在り方、それを創っていく、只、自然なこと、自分ということ、それを意識するということではなくて、自意識、それから離れていくこと、その、多くのことを見ていく、或いは、触れていく、或いは、読んでいく、或いは、話を聞いていく、そのようなこと、受け容れていくことにおいて、どのようなことであっても、そう、何か、区別を設けるということには、その、自意識ということが、自分にとって意味のあるところのこと、そのような言い方をするだけで、そこには、自分ということ、そのことを意識している、そのようなことではなくて、自然なこととして、受け容れていくこと、そのようなことにおいて、自己において、どのようなことが喚起されてくるのかと、或いは、呼応してくるのか、或いは、共鳴しているのかという、そのことがある、その、共時性ということ、そのこと、偶然と、そのときに気づく、でも、そのようなこと、意味のある偶然、そのことは、本当は、ありふれているのではないかと、それに気づかない、というか、その、自意識の壁、自分はこうしていくんだという思い込み、前しか見えないということ、そんなことが障害になっているのではないかという、そのように思う、その、どのようなことであっても、只、自然なこととして、そのようなことを受け容れていくことをしていく、そして、そのことについて、自己として、どのようなことが呼応してくるのか、そのこと、それを表現していく、そして、その関わりとして、対話をしていくことができれば、そして、何か、形のあるところのこと、協調として、第三のもの、それを創っていくことができれば、そう、そのようなモノを形作っていくこと、そのようなことがあると思う、表面的には、余り違いということが見えない、分からない、自分が目標としていくところのこと、論理的な結果として導かれたこととか、こうありたいとか、そのような、何か、自分が作ったものではなくて、そう、頭で作り上げたところのこと、というか、その始まり、それが、・・・でしかないような、何処から始まっているのか、そのことがわからない、虚空から始まっているように、虹のように、その、太陽光と雨粒、それから創られている、でも、何処から始まっているのか、そのことがわからない、自分の我欲、それではなくて、その、森の奥、その中から顕れて来るような、そのようなこと、深遠からのこと、そのような始まり方をしているということ、そして、それが感じられたとき、創造していく、そのような活動が始まっていく、そう、イメージを得ること、そのことから始まっていく、その、イメージと言うのが、仏性ということなのだと思っている。