『十二人の怒れる男』

saikaku2006-02-08

今の世界の情勢、大きな問題が二つあると思う、一つは、頭でっかちになっているところのこと、合理的精神、或いは、主義主張に凝り固まっている考え方、資本主義、共産主義、或いは、独裁制、その、人間が考える、それが創造する、そのところの出来た体制、或いは、歴史問題に固執していくような、何か、執拗に拘っていくところのこと、その、人間の理性、或いは、欲望ということも含めての、その、人間主義的なこと、自分自身、その、人間が考え出したところのこと、それを守り通していく、その根拠、出発点、土台、それが何なのかということを省察することもなく、ただ、現体制、そのことに拘っていく、そのようなところのこと、魂の世界との、深みとしての、その存在、それから切り離されているところのこと、また、それを守り通していく、資源確保に狂奔しているようなこと、そのような問題、もう一つ、逆に、魂の世界、或いは、宗教の世界に囚われている、そのこと、自分の思い、或いは、民族としての、その根底にあるところのこと、そのことを表現できない、理性的に表現していくことができない、すぐに暴徒化してしまう、核を保有するという、そのような方向へ進んでいってしまう、そのようなこと、不満ということが、その、自分らの思い、それを巧く外へ出すということ、そのことが出来ないという苛立ち、それが鬱積していること、そのような問題がある、そのようなことになっているのではないかと、その、魂の世界も、脳の奥深いところにあるものだと、そのように想像すれば、左脳と右脳の分離、或いは、大脳皮質とその下部の脳組織との分離、そんなことなのではないかと、その繋がり、その回路、それが切れ掛かっている、そのようなイメージを持つ、そのDVDを観る、自分の本心、それを表現できること、その為の県境条件、3つ思う、一つは、その、密室性、閉じられた空間であるということ、あるいは、自分が守られている、外部から守れているという状況、そのような環境の中で、自分の思い、それを吐露していくことができる、安全であるという、そのようなこと、そして、もう一つのガードとして、匿名性、自分の本名が知られていない、自分がどのような仕事をしているのかということ、それも知られていない、そのことによっても守られている、そして、もう一つは、異質な人間、人間に限らないのかもしれないが、そんな存在、自分の本心を曝け出す、そのことに恐れを感じていない、そのことを周りが真剣に受け留めなければ、道化になってしまう、そのような、トリックスタートしての存在、そのことによって触発されていく、或いは、魂の世界と理性の世界、その協会を自由に行き来できるもの、その存在、それによって世界は繋がっていく。