『カスピアン王子のつのぶえ』

saikaku2006-02-18

今の時間区分、それに嵌っている、これでいいのではないかと思う、今の時間、早朝の時間、このように書いている、昨日のメモを基にして書いている、そして、朝食後、日経から始まって、いろいろな本を読んでいく、昨日、その本を読んだ、一気に読んだ、そして、正午から、午前中のことについて、書く、纏めていく、そのようなことをしている、午後、心理、或いは、哲学関係の本、それを読んでいくことにしている、『ユング心理学入門』、それを読んでいる、10年ほど前に読んでいると思う、そのときは、何か、もっとときめかせて読んでいた記憶がある、でも、今、そのようなことにはならない、冷静に読んでいるという、そんな気がする、そのときには、続いて、ユング関係の本、多くの本を読み続けていたと思う、でも、今、タイプ論とか、そのことについて再び学んでいくことにしても、何か、冷めている、結局、人間をタイプに分けていくこと、そのことは、見透しがよくなるというような、そんな気がするが、血液型のよって分けていくような、それとは根本的に違うのだろうが、でも、人間をタイプに分ける、その、何処かで線引きしていくということ、そのようなことをしていくことの無駄さだけを感じる、まあ、そんなことになっている、その、集合的無意識、普遍的無意識についても、昔は、何か、神秘的な、へえ〜そうなんだとか、自分の心がいちだん深みを増したような、そんな気がしたこともあったが、でも、今は、それほどのこともない、まあ、そんなもんなんだという、その程度のことでしかない、一応、おさらいのため、まあ、最後までは読んでいくだろうと思う、そう、このように、午後、心理、或いは、哲学関係の本、そして、そのメモに基づいて、今、このように書いている、夜の時間、物理のこと、その勉強ということで落ち着いている、昔の問題をもう一度解いている、或いは、遣り残したことを遣っているのかもしれないが、脳トレにもなっているのではないかと、でも、それ以上のこと、そのことを自分自身に期待しているところもある、どのようなことになっているのか、このようなことで、まあ、いいのではないかと思う、シンプルなものになっている、そう、そのようなことになっている、太古の昔、人間は、その、木々の声、それを聴くことができたということ、或いは、動物と話ができたという、そのこと、本当のことのように思える、その、自分自身に期待しているということ、それはそのこと、何か、その、自然からの、その声、というか、それが、真言ということではないかと、そんな連想もしてみる、そのような声が聴こえるという、そんなことになっていけば、また、世界観ということ、自然観ということ自体、変わってくるのだろうと。