『子どもと悪』2

saikaku2006-03-25

本当に自分の望んでいるところのもの、それは何なのだろうかと、読みたい本ということ、何が本当に読みたい本ということなのだろうかと、『ユング自伝』、上下、その本を並べる、読もうと思う、でも、それが本当に読みたい本なのかどうか、そのように思っているのかどうか、以前にも読んだ、そう、でも、今、そのようなことを思っているのかどうか、何か、流れの中で、その本、読んでみようと、そう、そのように思っているところ、ないとは言えないが、でも、それが継続していくものなのかどうか、以前読んだ本でもう一度手にとって見た本、太宰の全集がある、でも、読めなかった、もう違うと、何か、それに傾倒していたときとは違っていると、そんなこと、そう、そのようなことになっていた、以前、あれほど傾倒していたのだから、今回も、同じように、読むことにおいて没頭していけるのだろうと、何か、そのことを追っている、そんなところもあるような、そんな感じがしている、何か、その印象、それに促されている、そんなところがあると、そんなことを思っている、以前の本をもう一度読み返す、そして、新しい発見をしていくということもある、そう、或いは、その、逆のこと、そんなこともいえるのかと、今、読めない、読む気がしない、そんな本であっても、いつか、手にとって、読み耽る、そんなことになるのかもしれない、そう、問題は、読みたいという気持ち、そのところには、今の私の状況と、本の齎すところのことが、マッチしているのかどうか、そのことかもしれない、何か、共鳴し合うところのこと、そのことがあるのかどうか、そのようなことから言えば、今、読む本の順番ということを決めているが、そのようなことではなくて、その、一冊の本を読む、そのことによって、その、変化していく自分ということがあるとすれば、一冊の本を読み終える、今は、その、『子どもと悪』、この本を読み終える、このことに全力を尽くす、そう、集中していくこと、そのことが大事なことであって、次のことは、その、読み終えた後のこととして、そう、そのこととして、考えていく、次の本を選んでいくということが、そんなことが、そう、そのようなことからすれば、その、このように書いていく時間、このことも、考え直していく、その、一冊の本、それを読み終えた、そのときに、その、一生ということについて、感じているところのことを書いていくという、そんなことが大事なことなのではないかという、そのような書き方をしていくこと、それが大事なことなのではないかと思う、また、少し、というか、或いは、大幅に、その、生活時間というもの、それを変えていくこと、そう、そのことが必要なのかもしれない、ただ、自分にマッチしている、そのことがキーポンイト、そう思う。