『ねこが見た話』

saikaku2006-05-17

だんだんと落ち着いてきている、結局は、二分法へ戻って来ている、読むことと書くこと、そのことを二分している、一つは朝食時、それによって分けていく、早朝に起きる、3時に起きる、半頃から読み始めていく、そして、6時半まで3時間読んでいく、日経を読むということも含めて、その時間は読んでいくということに専念していく、そして、朝食後、書く、今の時間、この日記ということも含めて、書くということに専念していく、いつまで書いていくのか、そのことは決めないでおく、その終了時間は変わってくると思う、日によって変わってくると思う、また、そのことによって調節していくということをしていく、もっと多くのこと、核ということに時間を割きたいということなら、午後いっぱいも書いていくということになるだろうし、読むということに欠けているということなら、早々に書くことから離れていくと思う、そのようなことによって調節していこうかと思う、このようなことに落ち着いてきている、ただ、休日のこと、それをどうして行くのかということには、まだ試行錯誤が必要なことではないかという気がしている、そう、落ち着いていくこと、自分の生活のパタン、それが落ち着いていくこと、そして、その、読むことと書くこと、本を読んでいくこと、それによって感じているところのことを書いていくこと、そのことを私の生活の基本形ということにしていって、その、仕事としてのこと、結局は、そのようなことも、仕事していくことに関連していると、その、自己を表現していくことを求めていく、その、人の話を聞いていくことも、そのことも、自己を表現していくことに関連していると思う、他者の自己表現を助けていくことの基礎には、自分自身が、十分に、そう、十分に自己を表現すること、それができていなくてはいけないと思う、それが前提条件なのだと、そう、でも、仕事におけること、雑用ということ、そのようなこともある、それが、大きく鬱陶しいことなのだが、でも、そのこと、基本形ということを土台にして、そのことを忘れずに、雑用な雑用として片付けていくことができればいいのではないかと思う、そう、そのようなこと、そして、自己を表現していくこと、何が出て来るのか、どんなことになっていくのか、自己の内から、その、自分を識っていくということだけではなくて、創造性ということも含めて、どんなことが生まれ来るのか、そのことを愉しみにしていく、本を読むこと、他者の考えていること、それを知っていくこと、そのことによって触発されていくこと、そう、それが、また、自己を深化させていくことになっていくと、もう一度そのことを思い出していく、そんなことも忘れていたところがあった、もう一度原点に戻る、此処に戻る、そして、始めていく。