『うつせみ』

saikaku2006-06-12

生き方の問題として、自己に誠実に生きること、それも勝るものはないという、そんなことに思い至っている、自己と呼ぶ、或いは、無意識、深層心理、或いは、神と、仏、イエス・キリスト、アッラーとか、ブッダもある、愛という言葉もある、そんなこと、深い河とか、そのような言葉もある、どのような言葉で呼ぼうと、その意味するところのこと、そのことは同じことなんだと思う、そう、何かがあると、ただ、此処では、X、と、そう名づけてもいいかと思う、そう、そのようなこと、何か、一人ひとりの人間の存在、それは、その、Xの現在化したものであって、それぞれのこと、その生き方ということは、その、Xの具現化ということになっていくと、そんなことを思う、その映画、男の人の科白、あったのだろうかと、一言でも喋ったのだろうかと、そう、そんなことを思う、そう、何も喋らなかった、女の人、その人は、最後のほうで、そう、何か言ったような、そんな気がする、そのようなことを思う、そんなこと、人間の存在としてのこと、そのことがある、どのように、その、Xとの回路、それをどのように構築していくのか、そのことがある、そんなことがある、そう、その、怒るということ、或いは、苦しむということも、何か、その、Xに対しての、自我、自分というもの、その意識、そんな存在を認めてほしいというところに、そう、そんなところに発している、自分の存在ということが失われたこと、無視されたこと、そんなことに怒る、外部においてのこと、社会的な存在ということ、その意味が失われたとき、何か、自分という存在、それを認めて欲しいと努力する、まあ、そんなこと、怒り、或いは、苦しみ、何か、そんな情動に囚われてしまう、そんなことになっていく、そう、そんなことではなくて、そのようなことではなくて、ただ、Xとの、内部においてのこと、その、Xとの関係ということになっていけば、その関係性を強めていけば、そう、何も、その、心動かされるということもない、そんなこともないと思う、そう、そんなことになっていくと思う、そう、そのようなこと、如何に、自分の存在ということから、その、自己との関わり、それに移していけるのかどうか、そんなことになっていく、読むということ、受け容れていくということ、そんなこと、そして、一つひとつのこと、それについて書いていくこと、自己からのこととして、表現していくこと、そんなことが大事なことなんだと思う、自己を通して、その、表現していくこと、自己の深部へ降りていくこと、そんなこと、それが、一つの生き方、そんなことになっていくと思う。