『ふたり』

saikaku2006-06-18

もう少し、気楽に考えていけばいいのではないかと、何か、集中していかなければとか、没頭していかなければとか、そんなふうに、肩肘張っているような、そんな考え方をしている、何か、だんだんと、そんな方向へ進んでいくというところ、それがあるのかもしれないと、前のサッカーの試合のように、頑なになって観ているというところがあったのではないかと、家においては読んでいく、また、書いていくとか、そのように決めてしまうことが、その、頑なな、そんなことになっていったのではないかと、そして、できないことが分かっている、自覚しているところがあって、まあ、できないと、遣っても仕方がないと、そんなふうに思い込んでいるところのこと、でも、表面的には、意識的は、そうしなければならないところのズレ、そんなことだったのだろうと思う、まあ、気楽に考えていく、その、大枠としてのところのこと、それでいいと思う、細部まで、こうしなければならないとか、そんなことではなくて、融通が利くという、そんなことでいいと思う、全然記憶が違っていた、そう、もう一度、そのビデオを見直した、このようなストーリ展開という、その記憶していたところのことが全然違っていた、まるで、新しく観るような、始めて観るような、そんなことだった、その、自分の記憶の不確かさを嘆くということではなくて、その、新しいものを観ていく、そのようなことになっていくことの方が、嬉しく感じている、もう一度、その、ビデオを見返すこと、その度に、多分、新しい発見ということが、そんなことがあるのではないかと思う、そう、そのようなこと、本にしても、前に読んだ本、多分、自分の内部において改変している記憶、変質していっている記憶、そのことに比べて、新鮮に感じるところが多いのではないかと思う、その、自分の存在ということ、そのことを取り戻していく、自分の名前で呼ばれていくところのこと、或いは、自分の持っている、自分の能力、それに気づいていく、それが、死んだ姉の幽霊との対話、それによって進んでいく、まあ、そのことも、心の成長という、或いは、人間としての成長という、そんなことになっていく、そのようなこと、それが起こる、自分自身のこととして、その、受け容れていくこと、そのことが、どのようなところに繋がっていくのか、その、自己の本質的なところのこと、頑なになってみていくのではなくて、まあ、気楽に観られていけば、そのことの方が、型に嵌っているということよりは、いいのではないかと思える。