『子どもの虐待防止最前線』

saikaku2006-11-08

苛めの問題も頻発している、それに伴っての自殺ということもある、また、虐待ということを起こっている、普通に起こっているという感じがしている、その、今の社会全体の動き、その世相というもの、その根本的なところで何が起こっているのだろうかと、そのことを見極めたいと思う、そう、そんなことを思う、どうしても虐待してしまう、そのことは、アルコール依存症とも関係しているというか、その、アルコール、或いは、薬物にしても、その探索行動ということを起こす、そのようなことと、子どもが目の前に居る、そうすると、どうしても虐待に走ってしまうということ、何か、同じような行動パタンではないかと思う、同じことをしているのではないかと、その対象が異なっているだけのことで、その人間心理としては、同じことをしているのではないかと思う、問題の根は何処に在るのかと、ただ、その原因ということを突き止めたとしても、それを取り除けば解決するということでもない、そう、そのようなこともある、どのように関わっていくことが出来るのか、問題はそのところにある、いろんなことを論じることは出来る、でも、どうしていけばいいのかということについては、また、別の問題であると思う、自分の生き方のことを考えていく、その、自己を表現していくこと、それは、自己を識っていくこと、そのことを意味している、自己を固定したものと捉えるのではなくて、もっと深いものとして、何処までも深まっていくものとして、そう、考えていく、そして、どれだけでも自己を表現していくこと、また、実現化していくこと、そんなことになっていくと思う、その、虐待ということに、或いは、苛めということに走る、そのとき、自分の思いをゆっくりと話す、また、聞いてもらう、基本的にそのようなことがなかったのではないかということを思う、そんなことを思う、一人ひとりのこととして、その話を聞いていくことの場、受け留められていくことの場、そのことが必要なことなのではないかと思う、その、自己と自我のズレ、その二つの円を重ね合わせていくこと、或いは、同心円状にしていくこと、そのような作業、或いは、働き掛け、それが必要なことなのではないかと思う、まあ、そのような方向へ進んでいくのではないかと、自分を見失うということなく、そう、そのことが肝要なところのこと。