『サンタのおばさん』

saikaku2007-01-08

発達障害について、その個々の特徴、或いは、診断基準について知っても何か隔靴掻痒という感じがしている、そのようなことに関しての本を読んでも、何か、具体的なこととして、そのイメージとして、また、その重複している場合もあって、どのようなことなのか、明確に分類する、診断するということが出来にくい、また、医者でもないのに、そのようなことが必要なことだと思わなくなっている、まあ、特徴的なことについて知っておくことは必要なことなのかも知れないが、逆に、その診断へ押し込んでしまおうとか、そのようなこともある、そう、そのようなことよりも、思うのは、独りの人間に焦点を当てていくことが必要なことなんだと、その、独りの人、その人がどのような特徴を持っているのか、まあ、一応はアスペルガーとか、そのような特徴は観られるとしても、まあ、そのことは脇に置いておいて、そのことは医者に任せておいて、その、その人がどのような人であるのか、そう、そのことを理解していくこと、その人個人の諸々のこと、そのことを知っていくこと、それが大事なことなんだと思う、そう、人を知ること、障害について知るということではなくて、その人自身のことを知っていくということ、そう、でも、何か、どうなんだろうかと、そのようなことを忘れてしまうのではないかと、何か、その、特別なところのことへ目が向いていってしまう、そう、何か、自分にとって、その、目障りなところ、何か、否定したいところ、自分とは違うというところを見てしまう、感じ取ってしまうということ、そんなことになってしまう、そう、自分とは違っているということが、その、自分のあり方を、自分のほうを否定されているように、そんなことのように感じてしまうのかと思う、まあ、そのようなことではなくて、その、人個人のこと、そのことを理解していくこと、そして、先ず、その人のことを知る、全体のことを知る、そのようなところから関わりということが始まっていく、そう、無条件に知ろうとする、そのようなところから関わりが始まる、そして、その、相手がどのようなことを求めているのか、どのような支援を求めているのか、そのことを理科視していくことが、次の段階ということになっていくのではないかと思う、そう、まあ、そのようなこととして、その、人との関係性ということが生まれていくのだと、別に、それは、障害の有る無しに関わらない、或いは、誰しも、何らかの障害、或いは、躓き、それは持っているものだと、そんな気もする、自分自身にも、それはあると思う、まあ、そのようなところから、特別支援ということが始まっていくのだと、そう思っている。