「鉄コン筋クリート」

saikaku2007-04-02

この猥雑感が好ましいと思う、モスクから神社まで何でもありの世界が描かれていること、混沌としているところ、クロとシロ、最後のほうで服の後ろに描かれていたように、これは、太極図なのだと思う、混沌の世界から、そのところに棲息している生き物たち、その交換から生まれてくるところのもの、また、超絶としているところの存在、道教の世界なのだろうかと、そのような世界から立ち上がってくるところのもの、また、破壊されていく、混沌へ戻っていく、そのようなところのこと、そう、何か、日本人としての特質、何でも受け容れていくこと、そのことの中から、その、何か本質的なところのものを創造していくということ、そのようなところのことがある、或いは、許していくということもあるのだと思う、その、キリスト教的な世界、西洋的な世界、厳格に二分していくところのことではなくて、区別していくということではなくて、何か、その対立しているところのものに、クロとシロの存在が融合していくこと、或いは、対立するところのものがバランスを維持していくということに、存在の意義を見出していくような、そんなところのことがある、でも、その、何でもありということが、曖昧さ、態度の曖昧さということを演出してしまう、そんなところもある、はっきりとした方向性を求められていくところもある、でも、まあ、いいのではないかという、そう、根底において触れ合っていくところのもの、そのようなところが、共通していくところのものを見つけていくこと、まあ、そのような世界に生きているのだと思う、全体のことが見渡せる、そのようなところ、また、混沌としている世界へ踏み入れていくところのこと、そう、融合していくところのこと、また、変化していくところのこと、一直線な生き方は破滅に繋がっていく、そう、この映画は確かに面白いとおもう。